オギノ芳信がネパールで貧しい人に尽くす理由!【世界ナゼそこに】

オギノ芳信さんや石丸雄次郎さんをご存知ですか?

ネパールの貧しい人のために尽くした日本人です!

 

石丸雄次郎さん(NGO「アジア友好ネットワーク」の代表世話人の石丸雄次郎)も同じような活動をされています!
学校を87校も建てられています!

「世界なぜそこに」では、石丸雄次郎さんが紹介されました!

 

石丸雄次郎さんもオギノ芳信さん同様

ホントに素晴らしい人です!

 

ここでは、オギノさんについて

ご紹介しますね!

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オギノ芳信さんについて

1936年 群馬県生まれ

写真家、元 日本ネパール友好協会代表世話人

 

1973年ネパールの写真旅行をきっかけにボランティア活動に入り

30の小学校建設と、水道敷設、病院(診療所)の建設や

無料医療キャンプなどにもかかわられています!

 

2000年ネパール国王より長年の功績にゴルカ・ダクシンバフの叙勲を受けています!

 

オギノさんの小さい頃

オギノさんの小さい頃は、今と違い

道路も舗装されていないところが殆どで、

家の前もホコリやゴミだらけでした。

 

子供の時、家の手伝いで掃除をしていましたが

向かいに家があるので、道の半分だけ掃除をしていました!

 

それを見た母親は、

「向かいの分まで、掃除したらどう」と言われます!

そのほうが、自分が見た時、気持ちが良いじゃない!

 

向かいの家の前の道まで全部掃除しなくても

自分の家の前の道全部と

向かいの家の前の道の半分ほどでも良いんじゃない!

と言われます!

 

実際そうしたら、

少し風が吹いても 隣の家のゴミも舞ってこない!!

家の前も汚くならない!

これはいい!!

この学びが重要な生き方へとつながります!

 

ネパールに行くきっかけは

当時は、写真を撮る人も少なかった・・・

 

写真が好きで東京の出版社に送ってみたら良い値段で売れました。

これがきっかけで写真を撮ることを仕事として行うことに・・!

 

そうしたら、今度は

人が絶対取らない写真がいい(高く売れる)と気づきます。

 

群馬の谷川岳や浅間山など

一般の人が行かない険しい山の写真を撮ったら

それがあたりまして・・。

 

だんだん、ガイドブックみたいなものもまで作り出します・・・!

 

そして、その活動を広げて、

誰も行っていないヒマラヤだったらどうか?

エベレストはどうか?

と思うようになります!!

 

(http://www.dtac.jp/asia/nepal/entry_229.php 参照)

 

当時、エベレストの写真は日本にはなかったとのこと・・・

絶対、エベレストを撮ろうと決意します。

 

しかし、当時は

ネパールが鎖国しており外国人は、入れませんでした!

ようやく、1969年に解禁となり日本人第1号で申し込みます!

 

しかし、

ネパール入国が実現したのが、1973年 (4年もかかっています)

 

写真を撮るために、山に入ると・・

そこに暮らしている人たちの貧しさを目の当たりにします!

 

自分も貧しい暮らしをしていた

と思っていたら

それを遥かに超える貧しさに・・・

 

山の珍しい写真なんか、もうどうでもいいと

思えるようになります!

 

これが、きっかけです!

当時のネパールは?

ネパールに行くと・・

トイレも風呂もない・・・

もう二度と行かないと思いましたが・・・

 

ネパールの子どもたちのことが頭からはなれなくなります!

 

寒い中に裸足で走っている・・・

パンツも履かずに・・・

 

そんな子どもたちに、靴をプレゼントしたどうだろう!

 

1年後にもう一度ネパールに行きます!

 

真冬で5センチほど雪が積もる中に

ネパールの人は、満足に着るものもなく

・・・裸足で歩いている!!

 

ネパールは、標高差が激しく

寒いところでは、氷点下20度を下回る

暑いところでは、夏に気温が50度を越えます・・・!

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現地の人の生活は?

野原をトイレ代わりにしており、

子供もほとんどが裸足なので

バイキンが入って病気になることも多かったといいます!

 

そこで、

オギノは小学校で履き古したゴム草履を日本から持って行きます。

3回の訪問で1500足ほど持ち込みました!

 

それをもらった子どもたちはとても喜び、

履かずに懐に入れて持って帰ろうとします!

 

履くものだよ!

 

ところが、1年後に行くと、同じように履いていない?

 

ネパールでは貴重品で、二十数年前に日本円で600円で売れたため、

親が子供から靴を取り上げて売っていたんです!

 

ネパールのお母さんも頭よくて、無理やり取り上げることはせず、

「とってもいい靴だから、しまっておこうね!」

 

忘れた頃に母親が売る・・!

 

その売ったお金で油を買って

これは、当時のネパールの貧しい人たちの生活を考えれば

当然だったかもしれません!

 

調理のために使う油は、調理絶対必要なものでした!

生では、さすがに衛生状態を考えたら食べられない状態でしたので・・!

 

どうすればよいか?

靴を履く理由など・・

特に初等教育の重要性に気づきます!

 

でも

 

学校がない・・・!

 

学校へ行くと、親は働き手がとられて困る!!

 

オギノさんは、行動力がありました!

 

なんの計画もなく

じゃあ 学校を作りましょう と言ってしまいます!

どこがいいですか?

 

学校の建設を思いついたのは、

オギノさん自身も貧しさから高校へ進学できなかった体験も影響しています!

貧しさを救うには、教育が重要・・・!

 

そのために、

私財を投じ、募金活動、ボランティア活動も行われています!!

 

最初の小学校は?

1982年に最初の学校を作り始めます!

でも、村人に半分騙された・・・

と言われます!

 

村人から言われた場所は、とんでもない場所でした!

 

実際、山奥に作ることに・・

 

ここで一つ問題が・・国柄でしょうか?

 

ネパールの人の時間感覚はすごい

少し歩きますと現地の人が言うと・・30分ほどになります!

すぐそこです・・・それから15分から30分ほど!

 

すぐそこ・・・15から30分ぐらい

10分か20分歩きます・・・1時間ほど

1時間ぐらい・・・1日ぐらい

と理解したと言われています!

 

そのぐらいの感覚だったということです!

 

そんなこんなで最初は完成までに1年もかかったとのことです!

 

オギノさんの教育などの考え方

「子供をほめたことは1度もありません!」

これは、意外な答えですが・・

 

ホントは好きなのかもしれません!

表面的な、可愛がり方はしないということみたいです!

 

オギノさんは、この仕事は

子供が好きなひとは向かない!

と言われています。

 

学校をつくってもらいたからったら

半径1メートルの円を書いて

ここの中に入ってこないようにと・・・子供たちに言います!

風呂に入っていないし、匂いはするし、ノミ シラミもたっぷりだから・・

との理由です!

 

ホントに寝られなくなるそうです!

 

そして

私に食べ物を与えないこと

 

万が一食べると 高熱がでるほどのことに!!

サルモネラ菌もたくさんいます・・

 

学校ができて・・・

次第に学校に通う子供は、膨れ上がっていきます・・・

 

そして、

最初に卒業した子供が村長になるほどに!!

 

昭和57年、カトマンズの東にあるテマルシナに小学校を建て、

標高1200mから2000mの山村に次々に小学校を建てています!

その過程で、水道の敷設も同時に行っておられます!!

 

学校に来ない子供には物は一切あげない!!

運動靴やノート、鉛筆なども私財を投じて抱えて持ち込んでいます!

 

徹底していました!!

 

いつ来るのかも言わないようにしています。

日時を言うとその日だけ来る子供がいたり、

その日だけきれいにする・・!

 

これでは・・意味がない!

・・・

こんな話もありました!!

日本人は、お金をかけて痩せるようにしているが

ネパール人は、どうやったら太るのかで苦労している・・・!

ニュースになったそうです!

・・・

オギノさんは学校の出席簿など全部チェックしている・・・

そして、毎年1万人ぐらい卒業するまでに・・・

ホントに熱心です!

 

病院も建てることに!

学校建設の延長です!

 

 

給与は、3ヶ月に一度程度訪問する際に

オギノさんが支払っていたとのことです!

(https://www.fesco.or.jp/winner/h11/18.php)

 

ネパールの当時の人は、病院は死に場所で、

病気は祈祷師が治す!

となっていたとのことです!

 

当時のネパールでは、なんと

6割が1歳の誕生日を迎える前に亡くなっているところもあったとのことです!

 

祈祷して治らなかったら病院へ

これでは、手遅れになってしまいます!

これは、現地の人がヒンズー教を信仰していることにも関係がありました!

 

オギノさんは知り合いの医者を派遣・・・

「治療費はあるときでいいよ!」

村人は、大根を持ってきてくれたり・・・

おかげで、先生のところは大根でいっぱいになったとか・・!

・・・

・・・

オギノさんにとって

ネパールは日本の向かい隣の半分なんですね!!

子供の頃に母親から教わった

掃除の体験がここにはありました!

 

【参考】

・ネパール医療キャンプにおける医療活動 権代鉄也

・金子みすゞをめぐって―MISUZU TALK〈1〉オギノ 芳信 (著), 早坂 暁 (著)

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ABOUTこの記事をかいた人

医療関係者のコウです! 日本在住です。 英語を使えるようになったり、パソコンを組み立てたり、木工を作ったりと何かと作ることが好きです。 仕事にも関係のある健康や人体の構造(解剖学)についても興味があります。 新しいものが好きで、人が知らないトレンドを発見したりすると他の人にも教えたくなってしまいます。 その他、車で旅行に行くことも好きです。 まだ行ったことのない高速道路のSAは格好の好物です! ブログを運営している理由は、とにかく、やりたいことを好きなだけやれるようになるためにはじめました! ただ今、ブログリニューアル中です! 気になったことは何でも書いていきますので応援よろしくお願いします。